玄関に不況の影

 夫が飲んで帰ってきました。昨夜12時少し前でした。

何やら小声でブツブツと
「ばあさんが新聞・・・・・」とモソモソ言ってます。。

 こっちは「はぁ〜?????」って感じです。新聞でもポストに入れていたのかと思ったのです。しかし真相は、おばあさんみたいな人がマンションのエントランスで新聞紙を敷いて寝ているということだったのです。

 「顔は見えなかったけど小奇麗だった」

 そんなところにいたら寒くて大変なことになるから私に何とかしろということなのです。 夫は妙に年寄り子供には優しい。見るに見かねたのです。

 私は仕方ないので、ダウンジャケットを羽織り一階に降りました。小奇麗な人ならお嫁さんと喧嘩して家にいられなくなったのかしら?

 確かにエントランスを入ったところに新聞紙を広げてそこに亀のようにうずくまっている人がいました。

 「そこは下が石だから寒いでしょ。家はどこですか?」

 その人はゆっくり顔を上げました。おばあさんは寒いからでしょう、頭に布を巻いていました。夫が小奇麗だと言ったのは、冬にしてはすごく薄手ですが、あまり明るくないところでは汚れてはいなかったからです。

 しかしその顔には、天気図だったら西高東低の冬型を思わせる深くはっきりとして密集した皺、皺、皺、しかも汚れていました。身体を動かしたせいで独特の臭いがしてきました。その人が家は無いと首を振る前に、ホームレスであることが分かりました。

 「いつもどこで寝ているの?」

 「向こうのスーパー、でも警察が来て居られなくなったから」

 私は部屋に戻り夫に報告すると、「何か持っていってやれ」、というのです。私は今着ているダウンを置いてこようかと言いました。だってコートを着ていなかったのですから。

 「それはお前が新しいのを買いたいからだろう」

 (半分、見透かされました。)

 そして自分の毛布と下に敷くためにビニールのプチプチのシートを出してきました。

 私は毛布なら私のほうがボロイからそっちにしよう、という言葉は飲み込みました、だってお前はセコイと言われるに決まってますから。

 エントランスに戻ると、おばあさんは体勢を変えて足や手を何度も何度も摩っていました。

「寒いでしょ?毛布使う?」

 するとすぐに、そしてものすっごく軽い感じで

 「そぉーねぇ〜〜」と応え、すぐに差し出したプチプチを腰の下に敷き毛布で身を包みました。

 夫は「自己満足かもしれないけどな〜」と言ったけれど少しは安心したようでした。

 ガード下や公園や地下道にはたくさん同様の人がいます。見ても知っていても通り過ぎていましたが、自分が住むマンションにやってきました。現代の不況や不安が足元までやって来た気がしました。



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